映画監督 鎌仲ひとみさん

森啓太郎さんのプレゼンテーション「給食被ばくから子どもを守る」を終えて

野呂美加さんから鎌仲監督へのリレートーク

 

ありがとうございました。本当に、この発表の内容はですね、実はやっぱり国の基準をまったく無視したお話なんですね。あとで話をさせていただきますが、じゃあ鎌仲さん続けてお願いいたします。

 

本当にですね、子どもたちの体の中に、防げるものは防ぎたいと。一昨年イタリアに子どもたちを、日本の子どもたちを保養でお受けしていただいたんですけれども、私たちがチェルノブイリの子どもたちをベラルーシに帰す時と同じことがですね・・・「どうして食べてるものを測って子どもたちに食べさせてあげないの?」ということを毎回泣きながら、また元気になった子どもたちを汚染地域に帰していったんですが。イタリアの里親さんに言われたんですね。「日本人ほど優秀な人たちが、あれほど機械を使いこなせる人たちが、どうして子どもたちに汚染されたものを食べさせるんだろう。」と。

 

私たちはチェルノブイリの子どもたちをもう27年間ですね、その苦しんでいる、世代を超えて苦しんでいる姿を見てきました。ですから、成長途中の子どもたちに放射能というのは本当に絶対に食べさせてはいけない基準以内だったらいいんじゃないかという議論はですね、今はですね、本当に恐ろしくてできないかなぁというのが実際のところの感想です。そこを鎌仲監督はベラルーシのリポートを加えてですね、その世代をまたがって、今二世代目、三代目になってるんですが、それがどのように子どもたちに影響を与えてきたかということをお話いただきたいと思います。

 

鎌仲ひとみ監督のベラルーシ・レポート

鎌仲です!よろしくお願いします!

今日はまず2012年にベラルーシに行って、最初に行った取材だったので、ベラルーシ中をがーっと回って取材してきた中の学校の部分をちょっとだけ編集してきたんですけど。その前にざっとパワポでどういうことなのか要点を説明してから、映像を見ながらまた解説をさせていただきたいと思います。

 

まずですね、給食に関して特別の規制値は設けてないですね。これは私もどうしているのかなと思っていたんですけれども、ベラルーシはですね、元々ソ連邦だったんですけれども、ソ連の時代に事故が起きて、それでソ連時代の規制値は非常に高いものだと。驚くべき数値、もの凄い高い食品の基準値を持っていました。それで、段々、段々年代が1987年、88年にいくにしたがってちょっとずつ厳しくなっていくんですけど、ソ連という国家が崩壊してしまって、ベラルーシとウクライナがそれぞれ独立国家となった1990年台のはじめぐらいから格段に厳しくなるんですね。

汚染地の定義

給食は教育省の管轄になっています。特徴はですね、汚染地ときれいな場所を分けるっていうことなんですね。どういうことかっていうと、汚染地はどういふうに言われているかというと、日本の場合、原子力規制庁が「20ミリシーベルトまで健康影響ないんじゃないの?」とこの間言い出しまして、2年と半年経った時点で20ミリシーベルトを提案しているんですね。つまり、20ミリシーベルトということは、18ミリ年間浴びるような、あるいは10ミリ年間浴びるようなところで住んで大丈夫だよということをこの時点で言っているということなんですけども、ベラルーシの場合の「汚染地」は、1ミリシーベルトを超えて5ミリシーベルト年間浴びるこの間【1mSv/年~5mSv/年】を意味しています。この間の被曝が想定される地域に住んでいる人たちは「移住権」「移住選択権」を持っているので、あえてここに住みたくないという人たちはもう出て行っているんですね。

汚染地に残らざるをえない子どもたち

だけど、どうしてもここに住まざるをえない、ここに住みたいという人たちが、ある人口の数残っています。この地域に存在している学校に関してはですね、無料給食の回数を多くしています。この地域に住んでいる人たちの全体的な傾向はやっぱりちょっと貧しいんです。経済的ないろいろなところがあって、きれいなところに移住できないっていうハンディを持った人たちなので、子どもたちもその貧しい家庭の人が、子どもが多いわけです。そうすると、きちんと栄養とれないということもありますし、貧しいということは汚染された食品にアクセスしやすいということでもあるんですね。なので、きれいな給食を無料で・・・きれいな1ミリシーベルト以下に住んでいるところは、それでも週1回は無料給食があるんですけど、汚染地の場合は週2回にしてるし、量も多くしています。麺類とか、魚類、豆類、肉類、ジュース、果物、乳製品などの量を多くして供給するようにしています。1ミリシーベルト以下のところでは出ないけど、汚染地に住んでる子どもたちにだけ出るっていうのがこの海産物とはちみつをその子どもたちに食べさせるっていう、そういう施策を教育省がしてるんですね。

牛乳はセシウムとストロンチウムを測ってから供給

牛乳は毎日飲ませておりません。それはですね、カルシウムは他からも取れるからって言ってるんですけど。牛乳に関して言いますと・・・ゴメリ州。例えば、ゴメリ州っていう一番汚染を受けた、一番子どもの人口としては、さっきの1ミリから5ミリの間に住んでいる子どもたちの数が多い州ではですね、牛乳はダブルチェックしています。まずセシウムを測って、セシウムが検出されなくてもストロンチウムをその後測って、両方測ってからじゃないと子どもたちに供給しないということをやっているんですね。そのストロンチウムを測るラボが5つあります。ゴメリ州に5つあるわけですね。これはだから日本もそういう体制を私は作っていくべきじゃないかなと思います。そのベラルーシは本当に経済的には日本よりも、もっともっと厳しい国なので、そういうことは日本ではもっとこう・・・例えばオスプレイ買わなくたってそっちにお金を使いなさいと思いますよね。

子どもたちに「放射能防御」を教えている

学校では子どもたちに「放射能防御」を教えています。これはですね、生徒たちは・・・特にその・・・ほとんどのベラルーシの家庭は、ほとんど都会に住んでいても、みんなちっちゃな菜園を持っていて、お金を出してスーパーで食品を買うんじゃなく、ベラルーシの場合はスーパーに並んでいる食品のほとんどは厳しく検査されていて非常に低いレベルなんですけれども、特にこの汚染地で家庭菜園をしているとどうしても、例えば私が見たのではじゃがいもでは15くらい、15ベクレル/kgぐらいあるんですね。じゃがいもっていうのはベラルーシの人にとっては主食に等しいので、日本人にとってお米みたいなものなんですよ。そういうのを日常的に食べちゃうっていうのは問題なんですよね。子どもが学校に行く時に、親が作ったその作物を袋に入れて学校に持ってい行って、学校で自分で測るっていう、そういう教育をしているんですね。全学年に、小学校ですけど、定期的に被曝や放射性物質に関する授業をして危険性を、このあとビデオでお見せしますけど、教えています。

子どもたちの健康カルテ

そして、その学校の保健室。日本の学校には保健室がありますよね。そこにその保健医さんがいて子どもたちの健康を見守るということをやっているわけですけど。保健医が学校の外にありまして、その地域の診療所みたいなところが学校に出張っていって子どもたちの健康検査をしたりとかしているんですけど。その私が行った学校のすぐそば、そこは実は爆発したチェルノブイリ原発から30キロちょっとのとこなんですよ。結構汚染されたとこなんですね。そこではですね、このスカーフを被った女の子のこのカルテだとすごく古いもので、1986年当時から保健医たちが子どもたちの健康チェックをずっとこうやって記録して、こういうノートをずっと取ってあるんですね。記録が残っているっていうことは、後々子どもたちが何か病気になった時に、その1986年当時からどうだったのかっていう、そういう医療記録が残っているっていう意味でもすごく大事なことだと思います。これちょっと給食とは関係ないかもしれないんですけれども。

ベラルーシの帰還政策

それでですね、これがゴメリ州なんですけども。これがそのベラルーシで一番汚染された州なんですね。ここに”ホイニキ”って書いてありますけど、これからお見せするビデオはこのホイニキで撮りました。帰還政策。いま福島は2年と9ヶ月で、そんな20ミリシーベルトもあるようなところにどうぞお帰りくださいと。それだけあったってもうあんまり、大丈夫ですから帰ってください!っていうこと言ってますけど、それと同じようなことをですね、実はベラルーシもやっています。それはやっぱりそんな、こんな早い時期ではなく、最近やり始めたんですね。だいぶもう、セシウム134は3分の1以下になって、もうほとんど検出されませんね。あと(セシウム)137が半減期30年ですから、もう27年経っているわけで、それも半分になって。あとは非常に長寿命の核種、ストロンチウムとかプルトニウムとか、そういうものがまだ土壌の中に残ってる状態だけれども、なんかこうやっぱり肥沃な大地があるので、そこに帰って工夫しながら暮らさないかということで、このホイニキっていうところを国策で除染を徹底的にやって、こういう汚染されていないところに住んでいる貧しい人たちに優遇するから、住居を無料で提供するから、ここに移住して農業に従事しませんか?というそういう施策をはじめたんですね。

ベラルーシの基準値

それでその学校なんですけれども・・・あ、その前にですね、これベラルーシの基準なんですよ。ちょっと見ていただくと、1997年、それから2000年、これがですね、貿易加盟国で実は基準が緩くなってしまったんですね。加盟国の中で協定してしまったら、本来自分たちが決めたものよりも今ちょっと緩くなった状態になっています。これ水なんですよ。2と4になっていますね。(単位はすべてBq/kg)セシウム137がこれ緩くなった基準なんですけども、まあ大体すごく細かくものによって、40のものもあるし、70のものもあるしっていう。驚くべきことに「きのこ」は350なんですよ。みんな「きのこ」すっごい食べたいんですね。だから、低い値にしておくと食べれないので、なんか「きのこ」は何か高くなっているんですが、教育の中では子どもたちには食べるなっていうふうにちゃんと言っています。

<参考資料>

ベラルーシのある学校では・・・

映像見ながらちょっと解説したいと思います。

これがその学校なんですけども。これですね、ベラルーシ中の学校は土足で出たり入ったり、出たり入ったりするんですけど、この学校だけはですね、内履きを採用しています。それで、お掃除をする担当の、この方お掃除する方、この方何人もいて、授業が一回終わるごとにモップをかけて放射性物質が学校に入り込まないように工夫をしているんですね。

それで、いま給食を食べているんですけど、実はこれ給食ではなくて朝ごはんなんです。こういう小さい子どもたちに、朝ごはんを無料で、朝ごはんを食べれない子が多いので無償で提供して、全員が朝ごはんにありつけるように、そういうのが週2回必ず、家では食べれなくても、学校に来れば食べれると。そしてこれらは学校で測っています。

こういう学校のグランドを日立で、日立のアロカで測ったんですが、0.05(μSv/h)でした。

この子たちはちょっと上の学年で、いまスープとかマッシュポテトとか食べてますけど、何か色々な調理方法を使って放射性物質を少なく、食品から少なくするように心がけて調理をしていると調理担当は言っているんですね。私は「ゼロになるか?」と聞いたんです。放射性物質ゼロにできるかと聞いたら、ゼロにはできないけど、安全基準より、つまり政府が定めた安全基準よりも相当低いものにしているということで・・・

この汚染地図を各学校に貼ってあるんです。子どもたちもどれぐらいの汚染のところに住んでいるか理解しています

この先生が全校生徒に定期的に放射能と自分たちの関係っていうのを教育していってるんですけども、担当の先生なんですが・・・。

こういう教材を使っています。その教材の中にはですね、何を食べたらよくて、何を食べたらいけないっていうこと、放射性物質がどういうふうに環境の中にあるのかっていう、こういうテキストを配っているんですね。日本とはちょっと違いますね、こういうところがね。

特に、例えばこうやって「食品の基準値」が書いてありますし、こうやって畑で作った物の中にどうやって放射性物質が、例えばミルクの中にどうやって何が入っていくのかとかですね、お肉の中にどういうふうに入っていくのかとか、こうやって野菜をどうやって調理したらいいのかとか。あとはですね、こうやってあちこち移ったり、野生のものの中には、特にキノコを食べちゃいけないとかですね、そういう基本的なことを教えていますし、あと家も放射性物質が入り込まないようにお掃除をしなさいとか。やはりキノコは特に高い。

この人が校長先生なんです。校長先生は、とにかくここに住み続けるしかない人たちがここにいるので、自分たち学校は極力子どもたちの体の中に放射性物質を入れないっていうのが使命だというふうに、できるだけ入れないっていう、それを目指しているっていうそういう話をしています。

そういうことで私の報告終わります。ベラルーシも独裁国家と言われているんですね。だから、現場のお母さんたちや研究者や心ある人たちは、一生懸命政府と戦っていろんな改善を獲得しています。お医者さんも科学者も政府に逆らうとすごく弾圧されるので、政府に向かってはハイハイって言うんですけど、現場にいくとハイハイと言ったこととは違うことをせっせせっせとやったりとかして、そういうやり方も私はありかなと思っています。簡単にベラルーシの給食事情をご報告しました。ありがとうございます。 

鎌仲ひとみ監督

映像を交えての貴重なお話をありがとうございました。


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